ユウヤと祐介

「祐也」

5年くらい前からだろうか。どこに行く時も、2リットルのペットボトルに入った水を、手離せなくなった。「自分、すんごい飲むんすよ!」私のおおざっぱな性格や、運動部に所属していたという経歴を考えれば、その言い分はきっとおかしくはなかったし、むしろ十分に周囲を納得させる内容になっていたとも思う。

一日に何度も口をゆすぎたくなる、過剰な“うがい癖”。先日、友人からは「潔癖症」なんじゃないかと、指摘を受けた。自宅の部屋も、会社のデスクもぐちゃぐちゃの自分が、まさか潔癖だなんて。私は「いやいやいやー」と、いつもより多めの笑顔で応えた。

昔から喉が弱かった。体調をくずすとすぐに腫れ、牛乳しか飲めないくらいの鋭い痛みが、何日も続いた。やがて外から戻るたび、手洗い場で喉を鳴らすのが日課となった。「埃」、「雑菌」、もしくは「ウィルス」かもしれない。とにかく、体内に入りかけている喉の汚れを、吐き出したいという、強い衝動に駆られるようになった。次第に蛇口から流れる水道水さえ受け付けなくなり、以後この大きなペットボトルを持ち歩くようになった。

Googleの検索画面に「うがい」と打ち込めば、その行為に意味がないことを示す記事が、ずらりと並ぶ。それでも毎日入念に、いや中毒的に、喉の洗浄を繰り返しているのは、きっと外の空気を「強迫」の対象として捉えているからなのだろう。実際に不潔かどうかは、もはや問題ではない。まったく気味のわるい人間になってしまったと、自分でも思う。

「祐介」を読んで、私も自らについて書きたくなった。惨めで恥ずかしい一面を、さらけだしてみたいと思った。自分の中のうまく表現できなかった感覚を、言語化してみようと考えた。
祐介が、いや尾崎さん自身が、「潔癖症」だったかどうかは分からない。しかし、この本に出てくる、神経質とも言える描写に出会うたび、私は妙なやすらぎと心地よさを感じた。気付けば私は、祐介の持つ感覚が、生理的に好きになっていた。

植村 祐也

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