スミレと祐介

原材料は、狡猾さと狂気。彼はそんな男だった。髪型も瞳も丸っこくて一見可愛らしい彼は、アークロイヤルを吸い、太宰治を読む。
彼とわたしの間には、はじめからひとつの“ルール”があった。「一度会う度に、3つ以上嘘をつくんだ。しょうもない嘘でも、深刻な嘘でもかまわない。3つだけでも、つける限り限界まで嘘を重ねてもいい。どう?そういう遊びの方が、セックスの何倍も面白くない?」。

彼の部屋へは4度目の訪問だった。台所の換気扇の前で煙をくゆらす横顔に向かって、毛布にくるまりながら話しかける。

「例の女性とは会ってみてどうだったの?」
「例の?」
「7年間文通してたって、年上の」
「ああ、どうって特に。文章のイメージ通り」
「抱いた?」
「まさか」
「よく7年も飽きずに続くね」
「こう見えて彼女のことはけっこう慕ってるんだ」
「……ふーん。どんなところ慕ってるの?」
「ん。教えない」

自分の家にいる夜は、眼鏡になる横顔。これはわたしが知っている、ほんとう。太宰は棚にひと通り揃ってる、きっとほんとう。高校のころ演劇部だった話は微妙。隠し子がいるのはたぶん嘘。借金の話は嘘。眠るとき手を握りたがるのは、ほんとう。

ああああああああああ嘘嘘嘘嘘嘘そう。ほんとうって何?

全部全部全部全部、嘘かもしれない。彼はそもそも“遊んでいる”だけだ。一切合切が信じる類のものではない。むしろわたしたちのルールは互いを信じないことで成り立っている。彼。わたし。嘘。ほんとう。足元がぐらぐらぐらぐらする。狂気に飲み込まれそうになる。狂気狂気狂気凶器?驚喜。

わたしはたぶん、欲していた。目だけはいつも笑っていない、この男の狂気を。

——でも、でもさ。

せめて、さっきの、「ん。教えない」だけは。あれだけは、本当でありますように。

***

嘘とほんとう、狂気への渇望、そしてひと握りの、祈り。何かを見たような、見なかったような、でもたしかに尾崎さんの手触りだけは感じられる、そんな物語に添えて。

内野 すみれ

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