リンタロウと祐介

「擬態」

突然変異でうまく擬態できなくなっちゃった昆虫って、どうなっちゃうのかな。

先週から頭の中でぐるぐるとこの言葉が回り続けている。

入社以来、憧れて止まない先輩がいる。
5つ年上の28歳、笑顔がかわいくて愛嬌は抜群、そして美人。
おまけに、仕事は超一流という完璧な先輩だ。
誰よりも早く出勤し、誰よりも早く仕事を終わらせる。
周囲からの信頼も厚い。先輩と話す時の部長は1日で一番笑っているし、他部署の人間と話していても必ず先輩の名前が出てくる。取引先との接待では指名で声がかかるほどだ。
自分も早く先輩みたいになりたい。そのためには1日も無駄にできない。

そんな話を同期のえりことしていた。

えりこは頬の片側だけつりあげるように奇妙な笑い方をしながら、うんうんと僕の話に同意する。

「ほんとに先輩は完璧だよ。前に聞いたんだけどね、一番に出社すると、みんな無条件にデキる人って思ってくれるんだって。それに新人よりも早く来てたらさ、新人ちゃんもこの人は違うってすぐ勘違いしてくれるって。それにさ、男って下から覗きこむようにお願いすると何でも引き受けてくれるんだって。ほら見たことない?どっかのアイドルみたいに眉をハの字にして、困ったー!って顔してる先輩。すごいよね、女優だよ女優。ああやって面倒な仕事はできるだけ人に任せて、残った時間はクライアントケアとか、部長と雑談する時間つくったりするんだって。もちろん、仕事は全部片づいたことになってるわけだけど。」

僕の目が点になっているのにも構わずえりこは続ける。

ねえ、擬態って知ってる?先輩ってさ、たぶん擬態ができる人間なんだよ。昆虫が周りと同じ色になって隠れるやつ。気づかずに近づいてくる獲物を食べちゃうの。男でも女でも、上司でも後輩でも、どんなところにも溶けこんで、いつの間にかみんな自分のものにしちゃう。ほんと、完璧だよね敵わないわ。でもさ、先輩は完璧すぎるけどみんな多かれ少なかれ、擬態してるんだよね、たぶん。」

唖然としながらただただうなずいていると、えりこは最後に思い出したかのようにつぶやいた。

「でもさ、突然変異でうまく擬態できなくなっちゃった昆虫って、どうなっちゃうのかな。」

あいつは不器用だから、といって忘れられた男がいた。
あいつはメンヘラだからつきあうな、といって存在を消された女がいた。
彼らはただ、不器用やメンヘラを隠すのが下手だっただけで。
わたしたちもみんな不器用やメンヘラなんじゃないか。
人の本性ってなんだろう。
そんなことを考えました。

ところで、この文章も何かに擬態しようとしているのだろうか。

高橋 琳太郎

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