マリコと祐介

今日も目覚まし時計が鳴いている。毎日七時ちょうどに鳴いているこいつは、隣にいる人間を絶対に起こしてやるぞ。なんていうやる気は感じられない。ただ設定された時間に、ただただ仕方なく音を発している。こちらも仕方なく目を開けて、芋虫のように何度か体をねじって、のっそりと体を起こす。おはよう、仕方なく起きる自分。今日も起きることで、今日が始まった。

いつもの電車に乗って、いつもの会社に着く。喉から上しか機能していないおはようございます。を何回か言って、席に着く。前の席の上司は、今日も芸能ゴシップで高らかに笑っている。目が合ってしまったので、仕方なく笑う。ははっ。おやすみ、笑いたくないことで笑わない自分。

起きている間に、こうやって簡単に沢山の自分を眠らせてきた。

「そう、ですよねぇ。」 おやすみ、反論する自分。
「現実を考えると、」 おやすみ、夢を語る自分。
「なんでもいいです。」 おやすみ、これだけは譲れない、と頑固になる自分。
「あー・・・、分かりました。」 おやすみ、必死にすがる自分。

「すみません、最近忙しくて」 おやすみ、本気で走って、本気でこける自分。

自分が可愛いからか、勇気がなかったからか、どんな自分も殺すことはできなかった。心の中の奥の部屋で眠らせているまま。友人が家を訪れる十五分前、絶対出てこないでよね!とすごい剣幕で父に言った、中学生の自分が持っていた気持ちとどこか似ている。恥ずかしくて、見られたくなくて、でも大切で、ひとの言葉で勝手に汚されたくなかったのだと思う。

「祐介」を読んだ。ジリリリリリリリ。目覚まし時計が鳴いている音が聞こえた。毎朝の目覚まし時計からは聞こえない、「起きろ」という声が聞こえた。「祐介」の一ページから、「起きろ」という声が聞こえた。

「起きろ。」「起きろ。」「起こせ。」

おはよう。あきらめが悪くて、恥ずかしくて、夢の道を“後戻らない”自分。

起きることで、人生が始まった。(気がする。)

山本 真梨子

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