ケイスケと祐介

「啓輔」

「啓輔」という名前が好きだった。「人の目をひらくのを、たすける」と読めるその名は、あの人が僕に唯一残したものだったから。

十八歳の夏の日、池袋のうなぎ屋で、あの人の両親に久しぶりに会った。
派手な色遣いのハットをかぶった祖父はよくしゃべり、上品なスカーフを巻いた祖母はにこにこと相槌を打つ。たとえ息子の前妻の子でも、孫はかわいいのだろう。
母子家庭育ちで、平日は親戚の家に居候。普段はなかなか食べないうな重を、ここぞとばかりにかきこんでいると、祖母が言った。
「ひとつ黙っていたことがあるんだけど……。啓輔くんには、弟がいるんだわ」
つまんだうなぎが崩れ落ちた。あの人が再婚したのは知っていたが、子供がいたとは。
もう十歳になる男の子。名前は、健太。
まるで長男みたいな名前だな、と思ったけど、あちらの家ではたしかに彼が長男だ。
「健太」という名前を、つまらないとも、うらやましいとも思った。ただ、健やかに育ちますように。僕には、そんな名前をつけなかったのに。

二十歳のとき、あの人が亡くなった。葬儀の場で初めて会った健太は、笑っちゃうくらい、僕に似ていた。

百貨店勤めの母から持たされた玩具を手渡す。画面の中で拙いキャラクターを育てる、たまご型のゲーム。それがきっかけじゃないだろうけど、健太は後年、獣医を目指して進学したという。

大学を卒業して、僕は、あの人と同じ編集者になった。初めて作った名刺の「啓輔」という文字を見る。やっぱり、この名前は嫌いになれないと思った。

滝 啓輔

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