カオリと祐介

おそらく未明の頃から朝まで、嘔吐がずっととまらない。うっ、しまった、またやった、悪い塊がこみあげる。と思うも束の間、力いっぱい吐きだされ、水を飲む。繰り返し。気持ちが良い。宵。
ここ最近、喜びは何があっただろう。快感は何があっただろう。嬉しかったことを、思い出そうとした。感動を思い出そうとした。興奮を思い出そうとした。そうして、酒に酔って吐いている時間だけが、生きている実感をもたらしてくれると気づいた。

芸術なんてわからないのに、美大に入っていた。変だ。入れてしまった事実こそアート? だろうか。今、課題がたくさんあることは記憶している。だが一つも覚えていない。とにかく描かなくちゃいけない。わたしは四六時中、描かなくちゃいけない。
「深い海が似合うよ、あなたは」
あなたの描く、海の作品がね。あなた自身のことじゃないよ(笑)と、付け足された気がしたけれど、あの人はたしかに言った。この一言が、勝手にわたしを縛りつけた。

海の底、光のこない暗礁で、きれいに息を引き取る女。ばくぜんとそんな映像を覚えていて、何度も描いた。描けない。一度底まで溺れてみないと、描けない絵がある。あの一言は、何かに溺れてみなよ、というメッセージだったのだろうか?

描いて描いて描いた。描いても完成しなかった。「私、間違っていませんよね?」と聞きに行きたくて、行けなくて、生きる実感を求め、酒に溺れているうちに、あの人は音楽でメジャーデビューが決まったと記事を見かけた。

あれから五年経つ。この話は、しばらくぶりにお酒を飲んでいきなり思い出された記憶だ。当時頭に描いていた海の映像を、風化できたことが救いだ。間違っては、いないよね?
深い海の底より、太陽がふりそそぐ砂浜につれていってよ。そんな感じのJ・POPがラジオから流れ、遮るように、しゃっくりをした。

井上 佳央里

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